NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年4月1日(水)放送分
世界の偉人伝
『Shibusawa Eiichi』
渋沢栄一
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、2022年度に放送した「Heros and Giants、世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、2024年から1万円札の顔となった「渋沢栄一」です。
ストーリーの中の英語、
“joint-stock company”は「株式会社」という意味です。
早速、聞いてみましょうっ!
Shibusawa Eiichi「渋沢栄一」
2024年、日本は新紙幣を発行します。1万円札の人物は渋沢栄一です。
渋沢は、日本経済を強くすることに貢献した、ビジネスの専門家として主に知られています。しかし、彼はまた、人々の生活を改善するために多くのことを行いました。
こちらが彼の物語です。
渋沢は生まれました、1840年に現在の埼玉県で。家族は農民であり商人でした。そのため、若くして、物の売り方を学びました。渋沢は勉強も好きでした。特に中国の古典を読むのが好きでした。
それらを読んだことで、良いビジネスとは、多く稼ぐだけでなく、社会を助けるものでもあると学びました。
(構文:not only A but also B)
彼は考えました。
「私は日本を豊かな国にし、日本人の生活を良くしたい。」
渋沢が育った時代(直訳:成長していた時)、日本には身分制度がありました。人々は通常、親と同じ仕事をしました。ですが、渋沢は農民になりませんでした。彼は一生懸命働き、武士になりました。まもなくして、渋沢は政府のために働き始めました。
1867年、渋沢はフランスへ派遣されました。そこ(フランス)で、彼は株式会社について学びました。
その会社を始めるためにお金を出した人が所有するのが、株式会社です。
(直訳:これらの会社は、その会社を始めるためにお金を出した人によって所有されます。)
1800年代半ばの日本では、大きな会社は通常、一族によって所有されていました。これらの一族が資金のほとんどを独占していました。これを変えるため、渋沢は、日本へこの新しいシステムを導入したかったのです。
彼は考えました。
「もし会社の所有者が自身を豊かにすることだけを考えるなら、経済はすぐに成長を止めるだろう。」
1868年に日本へ戻った後、渋沢は明治新政府のために働き始めました。数年後、彼は職を離れました、新しい会社を作り運営することにもっと時間を費やすためです。
この頃、彼は日本で最初の民間銀行を作りました。
生涯で、渋沢は約500社の設立に貢献したと言われています。
また、渋沢は、人々が良い生活を送ることに役立つ600近いプロジェクトを支援しました。
これの良い例は、東京養育院でした。病人、貧しい人々、親のない子供たちのような、困っている人々を助ける場所です。
彼はまた、女性を教育することが国の成長に役立つと信じていました、そのため、女性のための学校や大学を設立しました。
渋沢は亡くなりました、1931年に91歳で。生涯において、彼は日本経済を強くするために一生懸命働きました。同時に、人々の生活を改善することも重要だと信じていました。
彼は言いました。
「富は真の富となるのです、自身を豊かにし、他者を豊かにし、そして国家が成長し発展することに貢献して初めて。」
(構文:only when SV)
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
渋沢栄一。
500もの会社の設立に関わったんですね。すごいな~!
See you tomorrow!

