NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年8月26日(水)放送分
世界の偉人伝
『Agatha Christie』
アガサ・クリスティー
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
It’s time for Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、2022年度に放送した「Heros and Giants、世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、数多くの名作を生み出し、ミステリーの女王と呼ばれた推理小説家「アガサ・クリスティ」です。
ストーリーに出てくる、
“detective story” は「探偵小説」
“murder mystery” は「殺人事件の物語」という意味ですよ。
早速、聞いてみましょう。
Agatha Christie「アガサ・クリスティー」
アガサ・クリスティは「ミステリーの女王」として知られています。
彼女は66作の探偵小説を書き、史上最も売れた作家の一人となりました。
聖書とシェイクスピアの本だけです、彼女の作品より売れているのは。
どのようにして彼女は、これらのすべてのアイデア思いついたのでしょうか?
クリスティは言いました、
「構想は奇妙な瞬間に降ってきます。
通りを歩いている時や、帽子屋を見ている時、
突然、すばらしいアイデアが頭に浮かぶのです。」
アガサは生まれました、1890年にトーキーという町で、イギリスの。
父親は裕福なアメリカ人で、母親はイギリス人でした。
アガサは学校に通いませんでした、彼女が幼い頃。
その代わり、彼女は主に自宅で勉強しました、父親と一緒に。
母親は彼女が読書をすることを望みませんでした、彼女が大きくなるまで、しかし、アガサは家で孤独だったので、多くの時間を過ごしました、父親の書斎で。
彼女は読むことを学びました、独学で。
アガサは幸せでしたが、同い年の友達がいませんでした。
(any friends her age = any friends of her age)
彼女の友達は大人でした、家で働く使用人といった。
そのため、彼女は時間を過ごしました、頭の中で物語を作って。
彼女は登場人物を生み出すのが大好きで、彼ら(登場人物)の冒険を想像することを楽しみました。
この時間がアガサに大きな影響を与えたのかもしれません、彼女の驚くべき物語執筆のスキルにおいて。
彼女は言いました、
「人生で起こり得る最も幸運なことの一つは、幸せな子供時代が過ごせることです。」
ある時、アガサは重い病気にかかり、ベッドで多くの時間を過ごしました。
彼女の母親は助言しました、頭の中にある物語を書き留めるようと、ノートに。
これが歩みの第一歩でした、作家としてのアガサの人生での。
10代の頃、彼女の詩が雑誌『ザ・ポエトリー・レビュー』に掲載され、小説も書き始めました。
1914年、アガサは結婚しました、パイロットのアーチボルド・クリスティと。
戦争中、彼女は病院で働きました、薬を調合する手伝いで。
彼女は毒についての多くのことを学びました、この期間に、それで彼女は書くことができました、多くの殺人事件の物語を。
その後、1920年、最初のミステリー小説『スタイルズ荘の怪事件』が出版されました。
これは最初の作品です、(名探偵)ポアロが登場する。
彼女は後にアーチボルドと離婚し、念願だった旅に出ました、オリエント急行に乗るという、1928年に。
その列車でできた友人たちが、後に彼女に紹介しました、未来の夫マックスを。
彼はクリスティより14歳年下で、考古学者でした。
クリスティは物語だけでなく、戯曲も書きました。
(not only A but also B = not only A but B, too)
彼女は当初『ねずみとり』をラジオドラマとして書き、その後、舞台劇へ作り変えました。
初演は1952年、ロンドンのウエスト・エンドでした、そして(現在)世界で最も長く上演されている演劇です。
クリスティは執筆を続けました、亡くなる1年前まで、1976年の(1年前)。
クリスティは書いています、一冊の著書の中で、
「人がいるところにはどこにでも、ドラマがある。」
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
アガサ・クリスティ
子供の頃から、頭の中で様々な人物を考えストーリーを作るのが彼女の楽しみでした。
それが後の、小説作りにつながったんですねぇ。
See you tomorrow.

