NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年7月1日(水)放送分
世界の偉人伝
『Sakamoto Ryoma』
坂本龍馬
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は「Heros and Giants、世界の偉人伝」です。
今回は、幕末に活躍した「坂本龍馬」です。
“Edo Shogunate” は「江戸幕府」
“Meiji era” は「明治時代」
“modernize” は「近代化する」という意味ですよ。
早速、聞いてみましょう。
Sakamoto Ryoma「坂本龍馬」
1800年代後半、日本では、江戸幕府が終わりを迎え、新しい明治時代が始まろうとしていました。
重要な役割を果たした人物が、この期間に、坂本龍馬でした。
こちらが彼の物語です。
坂本は武士の家に生まれました、1835年に、現在の高知県で。
彼の家族は土佐藩に属していました。
1853年、坂本は江戸へ行きました、剣術を磨くために。
その同じ年、黒船が江戸湾に来航しました。
当時、日本は外国との交流がほとんどありませんでした、そして多くの人々と同様、坂本も考えていました、外国人を国内に入れるのは良くないと。
しかし、河田小龍に出会ってから、西洋文化について多くを知る芸術家の、彼(坂本)の考え方は変わりました。
坂本は思いました、
「国を開くことが、それ(日本)を近代化させることに繋がるかもしれない。」
のちに彼は助手になりました、勝海舟の、(勝は)日本海軍の指導者でした。
勝は幕府の高官でした。
彼は日本の近代化を信じていました。
勝は坂本に船について教えました。
彼は坂本の統率力に気づき、海軍塾の塾頭を務めるよう依頼しました。
この頃、ますます多くの人々が望むようになりました、幕府を終わらせ、天皇に政治的権力を戻すことを。
また、有力な長州藩とそのライバル薩摩藩は、両藩とも幕府を打ち倒そうとしていました。
勝は江戸に呼び戻されました、幕府を支えるために、そして海軍塾は閉鎖されました。
坂本は職を失いました、そこで彼は貿易会社を設立しました、武器も販売する(貿易会社を)。
坂本も江戸幕府に反対していたので、彼は考えました。
「長州と薩摩が協力できれば、彼らが幕府を倒せるかもしれない。」
坂本は知っていました、長州には武器が必要で、薩摩には米が必要なことを。
そこで、自分の会社を利用し、薩摩には武器を長州へ送らせ、長州には米を薩摩へ送らせました。
1866年、二つの有力な藩が手を組むことになりました。
1867年6月、長州は計画し始めました、幕府への攻撃を。
坂本は武力攻撃に反対していたため、国を近代化するための計画を作成しました。
これには天皇に権力を返すことも含まれていました。
その計画は、将軍 徳川慶喜に提出され、11月初旬、幕府は権力を返上しました、武力なしで。
約1ヶ月後、坂本は京都で暗殺されました、幕府の支持者たちによって。
その日は、彼の33歳の誕生日でした。
彼の死後まもなくして、日本は急速に近代化し始めました。
坂本の生涯は突然終わりましたが、日本を変えたいという彼の強い願いと、魅力的な性格は、人々に日本を近代化する気を起こさせました。
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
坂本龍馬、人として、とても魅力があったんでしょうねぇ。
See you tomorrow.
おまけ
私の学生時代の推しでした笑
お墓参りやゆかりの地を巡ったり(今で言う聖地巡礼?)、考え方を真似したりと夢中になりました。
深掘りしていく内に、芋づる式で幕末や戦国にハマり、大河ドラマも見始めるようになりました。
知れば知るほどおもしろくなり、のめり込んで、余計なことまで知りすぎて、今は普通です笑
龍馬が亡くなった33歳を自分が超えた時、自分には何の大志もなく、何も成しえていないことに凹んだ記憶があります。
龍馬よりだいぶ出遅れましたが、今は、目標を追いかけたり、夢を描いたり、誰かや社会の役に立つことをしたいと思える自分になりました。
今回のESEで、久しぶりに龍馬へ報告しに行きたくなりました。


