NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年5月20日(水)放送分
世界の偉人伝
『Nakamura Tetsu』
中村哲
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、2022年度に放送した「Heros and Giants、世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、アフガニスタンで、医療や人道支援に尽力した、医師の「中村哲」です。
早速、聞いてみましょう。
Nakamura Tetsu「中村哲」
「水は扱います、善い人も悪い人も同じに。
私はそのようになりたいですね。
私はみんなと協力して、人々に住む場所を提供したいです。」
中村哲は何年も費やした、アフガニスタンの人々を助けることに。
現地の人々は彼を呼んだ、「アンクル・ホープ(希望のおじさん)」と。
しかし、彼は銃撃され亡くなった、仕事に向かう途中で、2019年12月に。
73歳だった。
中村は1946年に福岡県で生まれた。子供のころ、彼は昆虫が大好きだった。それでジャン=アンリ・ファーブルのようになって、大学で昆虫を研究したいと思っていた。
だが、彼は知っていた、父親がそれを良い仕事だとは思っていないことを。だから医師になることにした。
中村が最初に海外へ行ったのは、昆虫への情熱からだった。1978年のことだった。
友人たちが医師として同行してほしいと頼んだのだ、パキスタンの山に登るために。
その山は非常に特別な蝶で有名で、彼はそれを見たいと思ったのだ。
中村はその蝶を見た、が同時に、医者を必要としている多くの人々も見た。
後に、彼はパキスタンのペシャワールで働くよう依頼され、喜んで行った。
彼は懸命に働いた、病院で様々な病気を抱えた人々を世話するために。
彼は1991年に3つの新しい診療所を開設し、さらに多く(の診療所)を開設した、のちに。
そして2000年、アフガニスタンは雨がほとんど降らなかった。野菜は育たず、人々には十分な飲み水がなかった。
アフガニスタンの人口の半分以上が困難にあった。多くの人、特に子供たちが亡くなった。
中村は思った。
「お腹を空かせ、喉が渇いている人を薬で助けることはできない。」
そこで彼は、人々へ水を届ける方法を研究した。
3年後、中村は大きなプロジェクトを始めた、運河を建設するという、人々が遠くの川からの水を使えるように、食べ物を育てるために。
(構文:so (that) ~)
中村はアイデアを得た、江戸時代に日本で建設された運河から。
当時、彼ら(江戸時代の人)に機械はなく、自分たちの手を使った。
アフガニスタンの人々も同じことができるはず。彼ら(アフガニスタンの人)は必要としないだろう、自分たちが持っていない機械を。
彼は続けて言った、
「一本の運河は、100人の医者より、もっといいことがあるでしょう。」
10年かかったが、彼は27kmの運河を建設した、65万人以上の農民へ水を届けるための。
かつて、この地域は呼ばれていた「死の砂漠」と、しかし、運河からの水により、人々は再び、農業をし、生活することができるようになった。
中村は見るのが大好きだった、人々の笑顔を。
彼は言った、
「誰も行かないから、我々が行く。
誰もしないから、我々がするのです。」
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
「誰もそこへ行かぬから、我々が行く。誰もしないから、我々がする。」
中村さんの想いは、この言葉に込められていますね。
この言葉ね、初めて聞いたんですけど、めちゃくちゃ好きです。
それでは、See you tomorrow.



