NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年6月3日(水)放送分
世界の偉人伝
『Alexander Graham Bell』
アレクサンダー・グラハム・ベル
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、2022年度に放送した「世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、世界初の実用的な電話の発明で知られている「アレクサンダー・グラハム・ベル」です。
“invent” は「発明する」
“go deaf” は「耳が不自由になる」です。
それでは、聞いてみましょう。
Alexander Graham Bell「アレクサンダー・グラハム・ベル」
今日、多くの人々がインターネットを利用しています、メッセージを送ったり人と話したりするために。
しかし約20年前までは、電話が最も速い方法でした、異なる場所の間で通信するための。
電話は1800年代後半に発明されました、そしてそれ(電話)が世界を変えました。
発明家はアレクサンダー・グラハム・ベルでした。
こちらが彼の物語です。
ベルは1847年にスコットランドで生まれました。
彼は発明を始めました、幼い頃から。
ベルが12歳のとき、彼の母親は耳が不自由になり始めました。
つまり、彼女は聴力を失っていったのです。
これがきっかけで、ベルは学び始めました、手話と音の科学を。
彼の父親は教師でした、聴覚障害者へ明瞭な話し方をを教える(教師でした)、そのためベルも父親から学びました。
20代前半のとき、ベルはロンドンへ引っ越し、教える手伝いをしました、耳の不自由な人々のための学校で。
大学卒業後、ベルは家族と一緒に引っ越しました、カナダへ。
それから、彼はアメリカのボストンへ引っ越しました、耳の不自由な人々のための学校で教えるために。
その当時、アメリカでは、電信機を使っていました、メッセージを送るために。
電信機はこのように機能しました。
まず、メッセージが暗号へ変換されます。
次に、電信機がそれらの暗号を送ります、電気を使って電線を通して。
最後に、暗号がメッセージへ戻されます。
ベルはシステムを作りたいと思いました、電線を通して音を送ることができる(システムを)、そこで彼は研究を始めました。
裕福な人々がベルのアイデアを支援し、資金を提供しました。
その後の数年間、ベルと彼の助手トーマス・ワトソンは、非常に多くの実験を行いました。
1876年2月、ベルは感じました、彼のシステムが完成したと。
そこで、彼は政府機関へ行きました、公式文書を受け取るために、彼のアイデアは模倣することができないと書かれた(公式文書を)。
まもなく、ベルはシステムを作りました、電話と呼ばれる。
彼の最初の電話の相手は、隣の部屋にいる彼の助手でした。
彼は言いました、
「ワトソンさん、こちらへ来てください。お会いしたいです。」
その同じ年、ベルは人々に電話を披露しました、万国博覧会(万博)で。
そこで、世界中の人々が彼の発明について知ることとなりました。
1877年、ベルと支援者は、電話会社を設立しました。
ベルの会社は、電話をさらに役立つよう改良し続け、そして1915年、ベルは成功しました、初の通話に、ニューヨークとカリフォルニア間での。
7年後、ベルは75歳で亡くなりました。
現在、電話のない世界を想像することはできません。
覚えておくとよいでしょう、すべては始まったということを、アレクサンダー・グラハム・ベルと、電線を通して音を送りたいという彼の強い願いから。
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
グラハム・ベルさん、電話を発明したのが今から150年前。
そんなグラハム・ベルさんがスマホを見たら、なんて言うんでしょうね。
それでは、See you tomorrow.
私は、2年前のこの回を思い出しました。



