NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年6月24日(水)放送分
世界の偉人伝
『Maya Plisetskaya』
マイヤ・プリセツカヤ
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、2022年度に放送した「世界の偉人伝」をお届けします。
今回は、20世紀最高のバレリーナと称されたロシアのバレエダンサー「マイヤ・プリセツカヤ」です。
“Jewish” は「ユダヤ人」
“the Soviet Union” は「ソビエト連邦」という意味ですよ。
早速、聞いてみましょう。
Maya Plisetskaya「マイヤ・プリセツカヤ」
2015年5月2日、マイヤ・プリセツカヤ、20世紀で最も偉大なバレエダンサーの一人が、亡くなりました。
彼女は1925年生まれました、ユダヤ人の家庭に、ソビエト連邦のモスクワで。
幼い頃、彼女はじっとしていることができず、音楽を聞くと踊り始めました。
彼女の家族の多くは活躍していました、ソビエト連邦の劇場、映画、バレエで。
プリセツカヤは芸術教育を受け始めました、8歳の時に。
彼女は有名なバレエ学校に入学し、週6日通いました、普通の学校に通いながら。
彼女は有名なバレエ教師に教わりました、エリザベータ・ゲルトに。
ゲルトはプリセツカヤに素晴らしい才能を見出し、彼女を呼びました「私の小さなダイヤモンド」と。
その後、1937年、プリセツカヤの人生は変わりました。
彼女の父親が、エンジニアの、警察に連れ去られ、のちに殺されました。
政府は考えたのです、彼がスパイだと。
彼女の母親は、サイレント映画のスターの、カザフスタンへ送られました。
当時、政府は恐れていました、ユダヤ人たちが国を乗っ取ろうとしているのではないかと。
彼ら(ユダヤ人)は捕らえられ、殺されました。
プリセツカヤの家族は、ソビエト連邦の敵と呼ばれました。
1943年、プリセツカヤはボリショイ・バレエ団に入団し、すぐにスターの一人になりました。
彼女の動き方と、力強いジャンプは、彼女のトレードマークとなりました。
彼女は情熱を込めて踊りました。
ボリショイでの最初のシーズン中、彼女は20以上の重要な役を演じました、多くの有名バレエ作品で、『白鳥の湖』や『眠れる森の美女』といった。
プリセツカヤは言われています、2万回以上『白鳥の湖』を踊ったと、バレエダンサーとしての50年間で。
彼女はまた有名でした、「瀕死の白鳥」を演じることでも。
プリセツカヤはボリショイ・バレエ団と共にアメリカへ向かいました、最初の公演のために、1959年に。
これは重要な出来事でした、彼女と世界にとって。
それまで、彼女は移動することを許されていませんでした、ソビエト連邦の国外への。
国は考えていました、彼女が亡命を試みるかもしれない、その後スパイになる可能性があると考えていました。
プリセツカヤは多くのことを行いました、示すために、自分がスパイではない、そして外国へ行きたいということを。
彼女は、そのチャンスのために闘い続けねばなりませんでした、長い間。
ついに、彼女の願いは叶いました。
彼女は自国ではスターでしたが、今や世界のスターとなったのです。
プリセツカヤは挑戦しました、他の芸術分野にも。
彼女は演じました、映画や劇場で、そして人々は彼女を愛しました、彼女の動き方に魅了されて。
彼女は何度も日本を訪れ、能の演目を演じたこともありました。
彼女は情熱を持って舞台の上で踊り続けました、89歳まで。
これはプリセツカヤの言葉です。
「次世代の皆さん、聞いてください。
最後の最後まで諦めないでください。
立ち止まらないでください。
最後の瞬間まで闘ってください。
私の勝利はそのおかげでした。
それ以外にはありません。
運命は人柄がつくるものです。」
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
プリセツカヤさん、歳を重ねても、踊りに情熱を注ぎ続けたんですね。
すごい方だ。
See you tomorrow.


