NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年6月17日(水)放送分
世界の偉人伝
『Muhammad Ali』
モハメド・アリ
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、「世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、アメリカ合衆国の元プロボクサー「モハメド・アリ」です。
“discrimination” は「差別」
“Muslim” は「イスラム教徒」という意味ですよ。
早速、聞いてみましょう。
Muhammad Ali「モハメド・アリ」
世界は現在、様々な種類の差別で満たされています。差別とは、ある集団の人々に差をつけることです、特に悪い方法で。
これは、差別と闘ったある男性の物語です。
カシアス・クレイというアフリカ系アメリカ人の少年が生まれました、1942年に、アメリカ合衆国ケンタッキー州で。
彼は後に、ボクシングで3度世界チャンピオンになりました、そして人々は彼のことを呼びました、「The Greatest」、または別名のモハメド・アリと。
クレイが小学生だったとき、自転車を盗まれました。彼は泥棒を殴りたかった。そのとき、出会いました、彼にアドバイスをしたある警察官に。
「戦い方を学びなさい、戦い始める前に。」
そのアドバイスで、クレイはボクシングを始めました、そして彼には優れた才能がありました。
彼は6つの州選手権で優勝しました、高校時代。
1960年、クレイは金メダルを獲りました、ローマ夏季オリンピックで。
当時、黒人は白人と同じレストランで食事ができませんでした、アメリカ南部では。
しかし、クレイは思いました、
「僕は金メダリストだ。彼ら(白人)はダメだとは言えない。」
しかし、彼はレストランから追い出されました。
帰り道、彼は金メダルを近くの川に投げました。
クレイが22歳の時、プロボクシングの世界ヘビー級チャンピオンになりました。
彼のファイティングスタイル「蝶のように舞い、蜂のように刺す」は、ファンに愛されました。
彼はチャンピオンになった時、公表しました、自分が現在イスラム教徒であることを、そして名前を変えました、モハメド・アリに。
ベトナム戦争が1960年に始まりました。
アリは行かないと言いました。
戦うことができなかったのです、宗教上。
他にも理由がありました。
「なぜ黒人がアメリカから1万マイル離れた場所に行かなければならないのか、何の罪もない人々と戦うために。
彼ら(ベトナム人)が私たちに迷惑をかけたことはない。」
すると、チャンピオンの称号、パスポート、ボクシングライセンスを取り上げられ、投獄されました。
しかし、アリは考えを変えませんでした。
しばらくして、アリは再びボクシングができるようになりました。
1974年、彼はもう一度、世界ヘビー級チャンピオンになりました。
アリは1981年にボクシングを引退しました。
彼は61試合を戦い、56勝しました。
それから3年後、彼はパーキンソン病を患いました。
彼は病気でしたが、世界中を旅し続けました。
例えば、彼はアフガニスタンを訪れました、国連ピース・メッセンジャー(国連平和大使)として。
アリは記憶されるでしょう、世界の偉大なボクサーとして、ですが、彼はそれ以上の存在でした。
「チャンピオンは生まれるのです、心の奥底にある何かから、それは願望、夢、ビジョンです。
彼ら(チャンピオン)は持たなくてはなりません、技術と意志を。
そして、意志は技術よりも強くなければなりません。」
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
“float like a butterfly, sting like a bee.”
「蝶のように舞い、蜂のように刺す」
これ、モハメド・アリさんの戦い方の表現ですよ。
素敵じゃないですか?
See you tomorrow!

