NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年7月15日(水)放送分
世界の偉人伝
『Muhammad Yunus』
ムハマド・ユヌス
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は、「Heros and Giants、世界の偉人伝」
今回は、貧しい人々の自立を助け、2006年にノーベル平和賞を受賞した、バングラデシュの経済学者「ムハマド・ユヌス」です。
ストーリーに出てくる、
“loan” は「お金を貸す」という意味ですよ。
早速、聞いてみましょう。
Muhammad Yunus「ムハマド・ユヌス」
17の持続可能な開発目標、すなわちSDGs。
その最初の目標は、必ず貧困をなくすことです。
これは「貧者の銀行家」と呼ばれたある男性の物語です、彼は解決策を考え出しました。
ムハマド・ユヌスは1940年に生まれました、イギリス領インドの一部、現在のバングラデシュで。
彼の家族には十分なお金がありました、彼を大学へ行かせるための、そして彼は経済学を学ぶことができました。
のちに、彼は勉強を続けるためにアメリカへ行きました。
その後、1971年、バングラデシュは独立国家になりました、そこで彼は帰国することに決めました。
彼は信じていました、バングラデシュの人々がより良い生活を始めるだろうと。
しかし、ユヌスが帰った故郷は、飢えた人々がいる国でした。
1974年、大洪水がありました、そして5万人以上の人々が飢えで亡くなりました。
ユヌスは貧しい人々と話をしました、彼らの必要なものを知るために。
40人以上の人々と話し、衝撃を受けました、彼らはたった27ドルだけが必要だと知り。
人々は竹かごを作って売っていました。
もし27ドルがあれば、彼らは材料を買うことができます、バスケットを作るための、そしてより良い生活を送れるかもしれません。
ユヌスは財布からお金を取り出し、彼らに貸してあげました。
(直訳:彼らにお金を借りさせました。)
彼は思っていませんでした、それが戻って来るとは。
(直訳:そのお金を再び見るとは。)
しかし、のちに全額戻って来ました。
これは彼にとって大きな衝撃でした、良い意味で。
ユヌスはたくさんの銀行を回りました、貧しい人々にお金を貸してくれるかどうかを確かめるために。
しかし、すべての銀行が断りました。
彼ら(銀行)は貧しい人々にお金を渡したくありませんでした、なぜなら、彼ら(銀行)はわからなかったからです、彼ら(貧しい人々)が返済するかどうか。
ユヌスは思いました、
「銀行は裕福な人にしか興味がない、
だが私は思う、貧しい人々が本当にお金を必要としている。
お金は彼ら(貧しい人々)のところへ行くべきだ。」
ユヌスは自分の銀行を始めることを決意しました。
彼はそれをグラミン銀行と名付けました、それはベンガル語で「村の銀行」を意味します。
彼の銀行は少額貸付金を行いました、事業に役立てるお金を必要としている貧しい人々に対して。
ユヌスはこのシステムを少額融資と呼びました。
それは成功しました。
政府はこの成功を認め、やがて、世界もそれ(この成功)を認めました。
グラミン銀行のモデルは多くの国々へと広がり、多くの貧しい人々がより良い生活を送る助けとなってきました。
ユヌスと彼の銀行はノーベル平和賞を受賞しました、2006年に。
現在、彼はグラミン・ファミリーというプロジェクトを行っています、教育、医療、ITなどを支援するための。
ユヌスは言いました、
「ほとんどの人は思っています、貧しい人々は怠惰で、十分な技術がない、あるいは時間がないと。
ですが私はそう思いません。
貧困は貧しい人々によって作られたのではありません。
彼らのせいではないのです。
彼らが自ら貧しくなったのではありません。
貧困は作られています、我々が構築したシステムによって。」
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
ユヌスさんの言葉。
“Poverty is made by the systems that we built.”
「貧困は、私たちが作り上げた社会によって生み出されている。」
考えさせられるなぁ。
See you tomorrow.


