NHKラジオ英語番組『エンジョイ・シンプル・イングリッシュ』
2026年8月19日(水)放送分
世界の偉人伝
『Edmund Hillary』
エドモンド・ヒラリー
全文和訳してみました。直訳と意訳の間ぐらいで訳しています。
森崎ウィンさんのオープニングとエンディングトークも、書き起こししています。
お役に立てれば幸いです。
テキストには英文スクリプトのみ掲載されています。
オープニング 森崎ウィンさんのトーク
Enjoy Simple English.
森崎ウィンです。
毎週水曜日は「Heros and Giants、世界の偉人伝」をお送りします。
今回は、人類で初めて、エベレストの登頂に成功したニュージーランドの登山家「エドモンド・ヒラリー」です。
ストーリーに出てくる、
“sherpa” は、荷物を運んだり、ガイドを行う人のことですよ。
早速、聞いてみましょう。
Edmund Hillary「エドモンド・ヒラリー」
一番高い山の名前は何でしょう?
それはエベレスト山です。チョモランマと呼ぶ人もいます。
その頂上に到達した最初の人物を知っていますか?
これはその男性の物語です。
エドモンド・ヒラリーは生まれました、1919年に、ニュージーランドのオークランドで。
彼の父親は蜂を飼育(養蜂)していました、そして幼いヒラリーは家業を手伝っていました。
彼は後に語りました、蜂の重い箱を運ぶことが体を強くしてくれたと。
彼はまた冒険本を読むのが大好きでした。
彼は毎日3時間電車に乗りました、学校の行き帰り(往復)のために。
ですが、彼はこの時間を楽しみました、その時に読書ができたからです。
ヒラリーが16歳の時、遠足でルアペフ山に登りました、そして初めて雪を見ました。
雪に覆われた山々に心を奪われ、スキーと登山を始めました。
彼は丈夫で健康でしたが、スポーツはあまり得意ではありませんでした。
しかし、彼は特別でした、なぜなら諦めなかったからです。
何かを始めると、やり遂げるために全力を尽くしました。
後に彼は登りました、ニュージーランドで一番高い山に。
また、オーストリアやアルプス山脈の山々にも登りました。
1850年代以来、それはエベレスト山が認められた年代です、世界で最も高い山であると、多くの冒険家が夢見てきました、その頂上に立つことを。
しかし、これらの冒険家の多くは亡くなりました、頂上を目指そうとして。
ヒラリーは初めて登頂を試みました、1951年に、ですが成功しませんでした。
その後1953年、ヒラリーに次のチャンスが訪れました。
14名の登山家、約20名のシェルパ、350名の支援者がいました、イギリスのチームに。
彼らは3月にベースキャンプを設営し、5月には山頂から約1,000m下に別のキャンプを設営しました。
2人の登山家が先に行きましたが、不成功で(登頂できずに)戻ってきました。
そこで、5月28日、ヒラリーと非常に経験豊富なシェルパのテンジンは、キャンプを張りました、山頂のより近くに。
5月29日午前11時30分、二人は山頂に到達した最初の人物となりました。
ヒラリーの冒険はそこで終わりませんでした。
彼は探検を続けました、ヒマラヤ山脈と南極の。
彼は冒険を愛していましたが、何かしたいとも思っていました、探検した場所に住んでいた人々のために。
そこで彼は、ヒマラヤン・トラスト財団の設立に協力しました、1960年代に、病院や学校を建設するための(財団)。
ヒラリーは語りました、ネパールの環境を大切にすることについても。
彼は言いました、
「エベレスト山に登った後の人生の方が、より重要でした。」
ヒラリーの顔は現在、ニュージーランドの5ドル紙幣になっています(描かれています)、人々から愛され続けています。
ヒラリーは言いました、
「私たちが征服するのは山ではなく、自分自身なのです。」
(構文:not A but B)
エンディング 森崎ウィンさんのトーク
エベレストの登頂に成功したヒラリーさん。
ほんとにすごいけど、そのヒラリーさんを支えた、シェルパのテンジンさん、すごくないですか!?
See you tomorrow!


